News
NEWS
明けの明星が輝く空にinCO

明けの明星が輝く空に 第171回:特撮俳優列伝29 志穂美悦子

明けの明星が輝く空に 第171回:特撮俳優列伝29 志穂美悦子
Tweet about this on TwitterShare on Google+Share on FacebookShare on TumblrPin on PinterestDigg thisEmail this to someonePrint this page

髪の長い女性が、大空をバックに見事な跳び蹴りを決めている1枚の写真がある。まっすぐ伸びた右足の美しさはもちろん、折りたたんだ左足、こぶしを前に突き出した右腕、わきを閉め、肘を曲げた左腕。そのすべてが一つになって、完璧な“造形美”を生み出している。その女性とは、1970年代の空手映画ブームの中でスクリーンデビューした志穂美悦子。特撮テレビ番組『キカイダー01』にも出演し、「悦ちゃん」と親しみを持って呼ばれた人気者だった。

志穂美さんは、デビュー前からJAC(ジャパンアクションクラブ)でトレーニングを積んだ、生粋の“アクション女優”だった。(JACとは、世界に通用するアクションスターの育成を目標に掲げ、千葉真一氏によって設立された組織で、真田広之さんも輩出している。)1974年公開の『女必殺拳』では映画初主演を務めたが、それに先だって重要な役を得たのが、1973年に始まった『キカイダー01』だった。まだ高校生だった彼女がキャスティングされた役は、先月の記事(https://www.jvta.net/co/akenomyojo170/)で紹介した、マリという名の女性型ロボットである。

マリは普段、人間とは見分けのつかない姿をしている。戦闘時には特殊能力を発揮できる姿に変身するのだが、人間の姿のままで闘う場面も少なくなかった。つまり、志穂美さん自身が空手技を披露する場面が、ふんだんにあったのだ。こういうとき、アクションの素養がない役者が立ち回りを演じると、共演者たちがうまいこと倒れたり投げ飛ばされたりするのが見えてしまって興ざめだが、志穂美さんの場合そんなことは全くなく、マリのアクションは実にサマになっていた。「女が男を倒す際に、もっとも華麗で、しかも納得いくのが空手技」とは、師匠である千葉さんの考えだ。マリ=志穂美さんはその言葉を証明するかのように、美しく敵をなぎ倒していった。

志穂美さんが俳優を目指すきっかけとなったのは、バレーボールを題材にしたドラマ、『サインはV』(1969年~70年)を観たことだったそうだ。そして、千葉真一さん出演のアクションドラマ、『キイハンター』(1968年~1973年)で、演技者への思いは決定的になったという。もともと陸上部で活躍するなど運動神経が良く、体を使って何かを表現したいと考えていた彼女は、女がアクションをしたらさぞカッコイイだろう思い、日本で女性初のアクション俳優になろうと決意を固めたのだ。ただし、やりたかったのは、ロープウェーからぶら下がったり、爆発の合間を走り抜けたりといったような、まさに『キイハンター』的なアクションだったのだが、世の中はブルース・リーの影響で空手ブーム。必然的に、そんな格闘アクションが求められた時代だった。

ところで、ブルース・リーと言えば、技を繰り出す際の怪鳥のような声とともに、敵を倒した後の悲しげな表情も印象的だった。志穂美さんも、「女が闘わなくてはいけないのは悲しいことだ」という思いから、そういった表情を常に意識するようにしていたという。そもそも、マリというキャラクターが哀しみを抱えたヒロインであったから、そういった意味でもアクションシーンは演じやすかったのではないだろか。キリッとした眉や切れ長な目をした志穂美さんは、悲しげな表情がよく似合った。アクションがうまいだけでなく、思い悩み苦しむ心の内も表現できていたからこそ、マリを軸としたドラマ性豊かなエピソードの数々も可能になったに違いない。

そう考えると、『キカイダー01』の放映終了後、今で言うスピンオフのような形で、マリを主人公に据えた新番組―もちろん、志穂美さんの続投は絶対条件だ―が作られていても良かったのではないかという気がする。しかし、残念ながら、そうはならなかった。実現していれば、女性主人公が圧倒的に少ない特撮映像作品の世界が、今とは違ったものになっていたかもしれない。志穂美さん自身はその後、『女必殺拳』シリーズのほか、『若い貴族たち 13階段のマキ』(1975年)など、多くの作品で空手アクションを披露。『柳生一族の陰謀』(映画版は1978年公開、テレビ版は1978年~79年放映)などの時代劇では、刀を使った殺陣も披露している。

映画評論家の山田宏一氏や山根貞男氏によると、それまで女性が主役の剣劇には“エログロ”の要素があり、「邪険」や「妖婦」といったイメージがつきまとっていたが、志穂美さんは全く異なっていたそうだ。いわく、「女の情念とは無関係な存在感」があり、「お嬢さん的魅力」のある「青春スター」で、それでいて「活劇」をやるところが新しかったと評している。(もちろん俳優である限りは、どんなイメージの役でもこなせるのが理想だろう。それでも、演技者の肉体からにじみ出てくるものはそれぞれ違っており、それが個性=魅力になるのだろう。)現代の感覚からすると、いかにも“昭和の男性目線”的な評論と言えなくもないが、それはさておき、志穂美さんが当時、女性としてはいかに新しいタイプの演技者だったか、ということが伝わってくる。

アクションもの以外でも、『熱中時代』(1978年~79年)といった学園ドラマなどに活躍の場を広げていった志穂美さんは、1986年に結婚したのを機に俳優業から引退。最近では、フラワーアーティストと活動している。それでも体を動かすのが好きなところは変わっていないようで、昨年出演したイベントで、足が頭の上にまで上がるような見事なハイキックを披露している。もう引退して40年近くにもなるというのに。悦ちゃん、おそるべし!

—————————————————————————————–
Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】アニメの絵コンテ講座の続報です。課題の講評をいただきまして、自信を持って盛り込んだアイデアにダメ出しをもらいました(トホホ)。それがない方が、スッキリしてわかりやすいと。変に凝ったことをやろうとし過ぎたようです。

—————————————————————————————–

明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る 

バックナンバーはこちら

◆【映像翻訳にご興味をお持ちの方は今すぐ「リモート個別相談」へ!】
入学をご検討中の方を対象に、リモート個別相談でカリキュラムや入学手続きをご説明します。
※詳細・お申し込みはこちら

◆【映像翻訳をエンタメのロサンゼルスで学びたい方】
ロサンゼルス校のマネージャーによる「リモート留学相談会」


※詳細・お申し込みはこちら

Tweet about this on TwitterShare on Google+Share on FacebookShare on TumblrPin on PinterestDigg thisEmail this to someonePrint this page